城喰 シロクロ

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第1章 黒き焔(3/9)

 ほどなく郷の半分を取り囲むように作られた頑丈な木柵が見えてくる。

 これは郷の外に現れるという野武士たちから郷を守るために張り巡らされたもので、大人でも背の立たない壕(ほり)と土塁(どるい)を作り、そこに太い丸太で二重の柵を張り巡らせるように作られていた。

 乗り越えようとする輩を櫓から弓で射掛ければ、まず入っては来られない。

 夜になれば郷の入り口である門は閉められるが、今は昼だ。

 とはいえこのような僻郷、開け放たれた門からやってくる旅人は稀だった。

 そんな門の傍に役場が建てられる土地はあった。

 そこに近づくと子供たちの楽しげな声が遠くから聞こえてくる。

 学問所に通う遊び盛りの幼少の部の子供たちだ。

 その子供たちは今、銀が三日をかけて綺麗に均した土地の上で、ある子供は走り、ある子供たちは組み合って暴れ、そしてある子供は飛び跳ねて遊んでいるのだ。

 もちろん、その足下は全てでこぼこに踏み荒らされていた。

 鏡のように平らな地面はもう見る影もない。

「……やっぱり、そうなりますよね」

 鏨から言われた瞬間から覚悟はしていた。

 けれどその惨状を実際に目にして、ただ立ち尽くすことしかできなかった。

 そんな銀を子供たちが見つけて駆け寄ってきた。

「銀の兄ちゃん」

 子供たちが一斉に銀のもとへと集まってくる。

「みんな、ここがどんな場所になるか知ってる?」

 子供たちは声を揃えて「おうちが建つ場所」と返事をしてきた。

「そこで君たちはなにをしてるんですか?」

「遊んでる!」

 元気すぎる声が実に堪える。

 肩を落とす銀に子供のひとりがいった。

「鏨先生がいっぱい踏めって言ったんだよ」

「わらに水が染みこむように踏みつけろって」

「わら?」

 銀が子供たちの言葉に足元を見る。

 よく見れば一面に干しわらが敷かれている。

「これを父さんが?」

「そう。わらが黒くなったら、どけて新しいわらを敷いてまた黒くしろって」

「みんなで競争してるんだ」

「あのわらの山ぜんぶを先に終わらせたほうが勝ちなんだよ」

 役場用の土地の隅に干しわらの束が積まれていた。

「見てて」

 そう言った子供のひとりがそれを土の上に広げて踏んでいく。

 他の子供もその子供を真似て、同じように新しい干しわらを敷いて踏み始めた。

 子供たちが遊ぶ様を見つつ、銀が足下の干しわらをつまみあげる。

 その干しわらは土の水気を含んで黒く変色し始めていた。

 銀はそのままその場にしゃがみこむと、土に触れてみる。

 土にはひんやりとした湿り気があった。

 この土地は去年までは棚田として使われていた。

 冬を越すために水が張られ、この春になって新しい役場を作る用地にせよと郷ノ長から通達があった。

 役場を建てるためには土地を、建物が立つのにふさわしい土地にしなくてはならない。

 銀は棚田の水を抜いて七日ほど経った後、乾いたのを見て確かめ、その上を平らに均していった。

 それが終わったのが三日前だ。

 確かにここのところ、雨も降り、天気はよくなかった。

 雨がやんだ後も水たまりの有無を確かめ、更にきれいに均しをかけたばかりだった。

 だが実際はまだ土地は湿り気を帯びている。

 水の出る土地の地盤は軟弱だ。

 その上に重みのある役場を建てれば、土地の軟弱な場所から沈み建物を歪ませていく。

 柱を建てるときに地面に柱が沈まないように置く礎石が沈み込むからだ。

 そうならないよう、土地を乾かし、固め、建物をたてなくてはならない。

 銀がやったことは、ごく普通の土地であれば合格点であっただろう。

 だがこの場所は長年、棚田として使ってきた場所だった。

 地面の奥底にある泥の層や粘土の層には、まだ湿り気が残っていたのだ。

 これでは建物はまだ建てられない。

 だから土地の上に干しわらを敷いて子供たちを遊ばせ、その干しわらで水気を吸わせようとしていたのだ。

 それも遊びとして競わせれば子供たちはそれをやり遂げるだろう。

 水気が抜けて、土地も固まる。

 あとはそれを均せばいいだけのことだった。

 銀はその意図を知って呆然として言った。

「……父さんはこれを知ってたんだ」

 自分の目で見てみろと言われていた意味が、ここにきてようやく銀にも理解できた。

「やっぱり、父さんはすごい……」

 そう言った銀の顔がどこか嬉しそうだった。

 銀の経験が足りない部分を、取り返しのつく失敗を重ねさせることで学ばせようとしているのだ。

 知識はある。

 知恵もある。

 だが経験に基づく結果がない。

 これは技と術を得たものにとって、大切なことだった。

 まずは見よ。そして考え、手を汚せ。

 鏨がことあるごとに言っていることだった。

「また、勉強させられました」

 そう銀がひとりごちたとき、遊んでいた子供のひとりが声をかけてきた。

「あとね、鏨先生がうさぎの巣を作っていったの」

「うさぎの巣?」

 子供に誘われて、土地の横側に回る。

 もともと棚田だった土地は斜面に作られるために土地を盛り上げ、水を湛えられるように畦(あぜ)などを盛って高くしてある。

 この土地には棚田の水を蓄える部分に土を入れ、そして平らに均してあった。

 銀が案内されたのはその畦の側面だった。

 そこには等間隔できれいに竹筒が埋め込まれていた。

 たしかにうさぎの巣にも見えないこともない。

 だがうさぎの巣と異なるのは、その竹筒の先からわずかではあるが、水が流れ出ていることだった。

 それなりに太い節を抜かれた竹筒が深く埋め込まれている。

 だが不思議なことに土地を掘り起こして埋めたあとはない。

 銀は思った。

  アレを使ったんだ。

 ——と。

「これも父さんが?」

「うん。こんぐらいの種から竹筒が出てきたの」

「尖った種」

 子供たちが自分の指を見せていった。

 指ほどの大きさの尖った種。

 銀はそれがなんであるか思いつき、自分の懐から小さな革袋を出すと、その中から手のひらに収まるほどの小さな楔を取って子供たちに見せる。

「これ、ですよね」

「そう、これ! ぱっとなったら竹が中に入っちゃってたんだ」

 その子供は興奮した様子でそのときのことを話していた。

「……やっぱり代手を使ったんだ」

 銀は代手をひとつ手に取ると、それを鏨が埋めた竹筒の脇へと突き刺す。

 楔の表面は硬い透き通った薄膜に包まれており、その内側の石そのものがゆらゆらと淡い光が揺れているようにも見え、楔の尖っていない尻の部分には奇妙な文字が刻まれていた。

 これは鏨が王山から流れ出る清流にのせて川岸に流れ着く玉樹の実の種——、玉種を削ったものである。

 この代手というものには不思議な力があった。

 例えば目の前にある人の大きさほどの岩があったとしよう。

 その岩を手のひらほどの大きさの代手の中に納めることができるのである。

 これを封手の技と言い、更に封手されたものを元のままに取り出すことを解手の技と言うのだ。

 どうしてそのようなことができるのか、銀にはわからなかった。

 そして誰にでも使える技というわけでもなかった。

 中に封手したものを、元のままに解手するまでに三年、目の前にあるものを封手するまでに五年の修行は必要だと鏨には聞かされてきた。

 目の前にあるものを、目を閉じたとしても明確に思い描けるようにならないといけないのだという。

 しかもそれらは一呼吸のうちにできなくてはならない。

 鏨が言うには、

「心で絵を描き、頭でそれを整える」

 ことが肝要なのだと言う。

 例えば石を思い描いてみよう。

 石に決まった形はない。

 その形を思い描くのは人それぞれでいい。

 だが石は石である。

 その石が目の前にある。目の前に置かれている様を想像し、それを現実に重ねていくのである。

 代手には、それをより明確に導くための不思議な力があった。

 刻み込まれた印章の意味を思うことで、より明確にそれを思い描けるのだ。

 そして解手の声を術者が唱えたとき、その意識は代手から中に納めてある石を現実へと具現化させるのだ。

 中に納められているものが複雑になればなるほど、より高度なものとなっていく。

 その構造や仕組みといったものを「それ」として思い描かなくてはならないため、知識と結果を知らなくてはならないからだ。

 こうしたことを銀は幼い頃から鏨に教え込まれてきた。

 銀は今、まさに心で絵を描き、頭でそれを整えようとしていた。

 そしてその絵が現実と重なり合った瞬間、銀は言った。

「解手」

 ——と。

 瞬間、楔は光を帯びて竹の筒へと変わり、そのまま地面の中に深く突き刺さっていた。

 解手した竹筒を暫く見ていた銀が思わず声を漏らした。

「……あ」

 竹筒の中から、わずかだが水が流れ出てきたからだった。

 これですべてがわかった。

 そして鏨との力の差も、はっきりと銀は知った。

「すげえ、兄ちゃんもできるんだ」

 そんな銀を余所に子供たちは目の前で見せられた代手の技に騒ぎ出す。

「貸して、貸して!」

「……うん」

 子供たちは見よう見まねで代手を解手しようとしたが、それは楔のまま形を変えようともしない。

 そしてそれができる銀を子供たちは改めて尊敬の眼差しで見つめるのだ。

「兄ちゃん、すげえ!」

 子供たちに称賛はされてはいるものの、銀は不満だった。

 鏨が解手した竹筒はどれも土壁に頭を少し出すだけで、ほとんどが土の中に埋まってしまっている。

 それに比べて銀の解手した竹筒は半分ほどしか埋まっていない。

 更に銀が出した竹筒は、子供が手を触れただけでぼろぼろと崩れ落ちていく。

 竹そのものがもろくなっていた。

  これが僕と父さんの今——。

「……遠く及ばない」

 銀がそれを思ったときのことだった。

「御免」

 と、鋭い声がその背中に投げられた。

 思わず、ヒヤリとした。

 鋭い刃物を突きつけられたかのような声だったからだ。

 振り返ると、郷の入り口である門の内側に大きな槍を持った背の高い男と、市女笠を被った旅装束の娘の姿があった。

 身の丈六尺——、いや六尺半ほどはあるだろうか。鏨よりも大きいかもしれなかった。 一方、隣に立つ娘は、銀よりも頭ひとつ程小柄で、体をすっぽりと覆うからむしの垂れた市女笠を被っているためにその顔を伺うことはできない。

 そのためなのか、銀にはこの娘が人形かなにかのように思えて仕方がなかった。

「なにを見ておる」

「すみません」

 銀が娘から目をそらして武人らしき男を見る。

 郷の人間ではない。

 旅人であろうか。

 だがこの那賀郷を訪れる旅人など、行商の商人や役人を除けば年に数名もいない。

 その男が言った。

「我は七代信長玄上が家臣、焔九狼。故あってある築城士を探しての旅の道中。手掛かりを得るためにこの郷ノ長に面会を願う。案内してもらえぬか」

「郷ノ長、ですか?」

 九狼と名乗った男が懐から免状を取り出し、銀に向けて見せて声を張った。

 確かに免状の上には朱色の花押(かおう)が書かれていた。

 鏨が持っていた書物に書かれた七代信長玄上の花押の印と同じものだった。

 戸惑う銀を見て娘が言った。

「妾はもう待てぬ。このような小僧など締め上げて連れて行かせればよい」


  締め上げる——?

 娘の声に銀の顔が思わずこわばる。

「九狼、早う」

「朱鷺、言葉を慎め。必要であればそうする」

 九狼が物騒なことを表情ひとつ変えずに言いはなつ。

「この娘のことは気にするな。それにこの郷の防柵はなかなかに破れぬ代物。よい作りをしている。築城士がいるという噂もあながち真かもしれんな」

 築城士。

 この郷では耳にしたことのない言葉だった。

 たしかに、城下町など、城のある場所には築城士という人間がいると書物で読んだことはあった。

 文字通り、城を築く武人だ。

 だがこの平穏な僻地の郷にそのような人間はいない。

 聞いたこともなかった。

 頭をひねる銀に朱鷺という娘が鈴のような声で言った。

「なにを黙っておる。早う郷ノ長のところに案内せい」

 ふたりを見つめていた銀が我に返る。

「すみません、今、案内します」

「また『すみません』か。お主は謝ってばかりじゃな」

 頭を下げて歩き出す銀の背中を朱鷺が笑った。

 銀はそれに反論できなかった。

 
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