城喰 シロクロ

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第1章 黒き焔(4/9)

 その様子を郷の人間たち
は好奇の目で見つめていた。

 槍を手にした武人と、
人形のような娘を連れて
銀がその前を歩いて
いる。

 旅人も滅多に訪れる
ことのないこの郷では、
こうした来訪者がなに
よりも珍しいもの
だった。

 だが傍に来ようとするものはひとりもいない。

 九狼という武人が醸し出す雰囲気が人を寄せ付けないのだ。

 その九狼と朱鷺は周囲に鋭い視線を向けながら、その築城士なる人物を探し
だそうとしていた。

「見つけたか」

「まだじゃ」

 ふたりの前を歩く銀の耳にそのような声が届く。

 話の様子から、銀は九狼の方は築城士の姿を知らず、朱鷺がそれを知っているかのような印象を受けた。

 はたしてどのような築城士なのだろう。

 自分にわかることがあれば、その手掛かりを教えられるかもしれない。

 そんな親切心から銀が九狼に尋ねた。

「すみません、差支えなければお聞かせ願いたいのですが、お探しの築城士とはどのようなお方なのでしょうか」

「八羽徒八州を白帝が統一されたときの軍師だ」

「そのような方がこの郷に?」

「その手掛かりを求めている」

 九狼が語ったことはこうだった。

 白帝が八羽徒八州を統一した後、その軍師は帝領となった白州を離れ、黄州に身を移したという。

 その後の消息はぷつりと途絶え生死もわからぬ状況だった。

 だが三年ほど前に青州と黄州の境に建てられた青州青山城の普請(ふしん)にその築城士が関わっていると噂されていた。

 その築城士はその後、黄州に戻った後、行方が知れなくなったらしい。

「めぼしいところは全て探した。更にしらみ潰しに探しているところに、この郷のあたりにいるという報せが届いたのだ」

「なぜ築城士をお探しなのですか」

 九狼が鋭い目で銀を睨む。

 聞いてはならないことを聞いてしまったからだろうか。

 銀はそれに、

「すみません」

 と頭を下げるしかなかった。

「また『すみません』なのじゃな」

 揚げ足を取る形で朱鷺がちくりと銀を刺した。

 郷ノ長の屋敷は、郷の中心の小高い高台の上に建てられていた。

 その構えは他の家よりも大きくそして立派だった。

 学問所を兼ねた銀の家もこの屋敷に比べれば馬小屋にしか見えないだろう。

 土間を上がり、客間に見える柱の太さは大人の胴体ほどもあるほど立派なものだった。その柱が支える梁も極太のひのき材を使っていた。恐らくこれだけの屋敷はこの辺りでもそうない。

 それもそのはず、もう何十年もこの那賀郷を治めてきた土豪(どごう)であったが、白帝の戦では戦わずして白帝の軍門に下ることで、この土地をそのまま任されていた。

 年貢や労役などの手配も仕切っており、ひとたび戦となれば領主の招集に応じて、槍や刀を得物に、かき集めた郷の人間たちを束ねて戦に出るのが郷ノ長の役目でもあった。

 そんな家柄だからこそ、この那賀郷を始めとするこの辺り一帯の人の出入りや繋がりには詳しく、他の郷との繋がりもあり、なにかと周囲の情報も集まりやすい。

 だが——。

「白帝の築城士がこの郷にいるなどと聞いたこともない」

——と、郷ノ長はヤギのように白く伸ばした立派な顎鬚(あごひげ)を撫でながら首を傾げるばかりで、目ぼしい手掛かりは得られそうにはなかった。

 囲炉裏端の円座に九狼はあぐらをかいて陣取り、その脇に笠を外した朱鷺がちょこんと正座している。

 銀は同じ客間の端の方で、板の間に直接座り、笠を外した朱鷺を見ていた。

 笠と麻のからむしに隠れていてわからなかったが、長く艶やかな水色の髪が腰のあたりまで伸び、その下に透き通るような肌の白さがあった。

 切り揃えられた髪の下にある大きな瞳が赤みがかって見えるのは囲炉裏の火を映しているからなのだろうか。

 円座に正座している朱鷺を見ていると、まるで作りのいい人形がそこに置いてあるようにしか思えない。

  きれいだ。

 銀はそう思った。それ以上の言葉が思い浮かんでこない、素直な感想だった。

 見た目は銀よりも五つほどは下であろうか、ならば十歳ということになる。だが体が小さいからそう見えるだけで、十歳
にしてはどこか大人びた雰囲気も漂わせている。同じ年頃の郷の子供たちであれば落ち着きなく動き回ろうとしたり、物珍しそうに辺りを見回したりするのだろう。だが朱鷺にそうした様子は見られなかった。ただ一点——、囲炉裏で赤く揺れる炭火を見つめたまま微動だにしていないのだ。

 その朱鷺が不意に銀へと振り向く。

 銀は完全に不意を突かれ、声をあげていた。

「な、なんですか」

 慌てる銀とは対照的に、落ちついた声で朱鷺が言った。

「お主から微かに煌気を感じるぞ」

「きらめき?」

 朱鷺が立ち上がって目の前まで来ると、銀の手に小さな手で触れた。

 ひんやりと冷たい手だった。

「きれいじゃな」

「え?」

「この手にほんのりとした煌気が見えるぞ」

 そう言って銀の手を九狼に向けて見せる。

「のう、九狼。お主には見えぬか」

「天手が微かにしか見えぬものが、武人である俺に見えるものか」

「お主なら見えると思うたのじゃ」

 そう言って朱鷺が銀の手を離す。

 思わず銀は自分の手を見つめていた。

  煌気——。

 銀の目には見慣れた自分の手にしか見えない。毎日土に触れ荒れた指先はとても綺麗とは言い難いものだった。

 そんな銀を見て思い出したように郷ノ長が言った。

「この郷に最後にやってきた流民は、そこの銀の親父の鏨よ」

「それは如何ほど前のことだ」

 九狼が郷ノ長に尋ねた。

「まだ赤ん坊の銀を連れておったな。銀よ、お主いくつになった」

「十四になります」

 それを聞いた朱鷺がくすりと笑った。

「十四とは、まだまだ小僧よのう」

「君だって若いじゃないですか」

「妾が若いと?」

 朱鷺が鈴の音のような声で笑った。そんな朱鷺に構わず、九狼が銀に言った。

「十四年前にお主の父親がこの郷にやってきたのだったな。お主の父親は築城士ではないのか」

「僕の父はただの土見師で、城の話どころか戦の話なんて聞いたこともありません。それに、ここに来た頃、僕は赤ん坊でしたのでなにも覚えてませんし——」

「ならばお主の父親に会いたい」

「父ですか?」

  この男と父さんを会わせてもよいものだろうか——。

 銀は迷った。

 正直、不安だった。

 根拠はない。

 ただ九狼を見たときから、常に鋭い槍先を突きつけられているような感覚が今も拭いきれない。

 しかし郷ノ長はそんな銀の不安など余所に言った。

「銀、案内してやるがよかろう」

 玄州の正式な免状を持った使いである。

 郷ノ長という立場である以上、無碍(むげ)にはできないのであろう。

「ならばその鏨とやらの元まで案内してもらおうか、銀殿」

 その声はとても穏やかだった。

 だが銀には、そこに槍先のような鋭さが潜んでいるような気がしてならなかった。

 
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