城喰 シロクロ

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第1章 黒き焔(7/9)

「九狼はなにをしておるのじゃ」

 朱鷺が石柱の床を叩く。

「そう言われても、僕だって
わかりませんよ」

 銀もそう答えるしかない。

 そもそも九狼という人間もわからなければ、武将という人間たちもわからない。

 思い浮かんだ疑問は尋ねるしかない。

「九狼さんはどんな人なんですか」

「あやつは阿呆じゃ」

「あほう?」

「戦において、あやつほど勇猛で、勝ちにこだわる武将を妾は知らぬ。いや、負けること
など露ほどにも頭にないのであろうな」

「でも今のままでは父さんには勝てませんよね」

「妾もそう思う」

「朱鷺さん。あなたはあの人の味方ではないのですか。普通なら勝ちを信じてあげたりすると思うんですが」

「玄上めの命令で、妾は金斬の煌気を探るために連れだされただけじゃ」

「もしあの人が負けたらどうするんですか?」

「どうもせぬ。妾は金斬のところに残るだけじゃ」

「それは困ります」

「なぜじゃ? 今度こそ、妾は金斬と契って射干玉のような天手となって、再び共に生きるのじゃ」

「父さんは金斬じゃありません。今は、鏨と名乗っている以上、この郷から出て行かないと思います」

「お主もきれいな煌気をしておるからのう。金斬が死んだら、契ってやってもよいぞ」

 契るとはどういう意味なのか。

 銀がそれについて尋ねようとしたときだった。

 ゆらりと九狼の周りでなにかが動くのが見えた。

「あれは——」

「阿呆めが動くぞ」

 朱鷺が先ほどとはうってかわって、緊張した声で言った。

 煌気がなにかはわからない。

 だが九狼の周囲の光が、にわかに暗くなったような気がしたのだ。

 まるで九狼に光が食われているかのように。

 そしてようやく九狼が、ゆるりと動き始めた。

「来ましたか」

 鏨が九狼の動きを追った。

 九狼が動くこと。

 それは鏨にとっても攻めに転じる瞬間でもあった。

 鏨は懐から代手を取り出し、それを解手した。

 突如、鏨の城の内側に櫓が三つ組み上げられる。

 ひとつは正面。

 残るふたつは左右に迫り出した柵の内側だ。

その上に弓を手にした奇妙な骸兵が解手されていく。

「あれはなんなんですか」

 初めてそれを見る銀は思わず声に出していた。

「骸兵じゃ。物も思わぬ、考えもせぬ、ただのカラクリよ」

 銀は初めて見る骸兵に戦慄を覚えずにはいられなかった。

 人智を超えた術であることもそうだが、あれが戦の道具であることに戦慄したのだ。

 確かに代手は様々な使い方ができる道具であり、術でもあった。

 鏨からは人の役に立つ術であり道具であると教えられたのだ。

 だからあのような戦のために作られたものがあるとは銀の理解の外にあった。

 櫓に上がった骸兵が九狼に向けて一斉に弓を放つ。

 だがその矢は当たらなかった。

 矢が届く前に、九狼の体が陽炎のように揺らいで消えたのだ。

 そしてその姿は別の離れた場所へと現れる。

 そこにもまた矢が放たれた。

 それらも全て九狼はかわしていた。

 そのときだ。

 鏨の放った「封手」の声とともに木柵の一部が開かれ、すぐに「解手」の声がし、そこを塞ぐように門が築かれていった。

 九狼は放たれる矢をかわすのでそこに近づく余裕などは与えられない。

 完全に鏨の手中で踊らされているようにしか見えない。

 このまま門ができ、あの骸兵というものが作られ、一斉に九狼の陣に攻め込めば、九狼とて捌き切れない気がしていた。

  父さんの勝ちだ。

 銀は胸の中でそう思った。

 だが——。

 九狼が弓の間隙を縫って、代手を取り出し「解手」と言った。

 その瞬間、九狼の槍が光を飲み込み、周囲に闇が生まれた。

 それを銀も見ていた。

 九狼の周囲に生まれた一瞬の闇。

 それが元通りの明るさに戻ったときには、九狼の手に握られた槍が見たこともない巨大な槍へと変貌を遂げていた。

「解手」

 九狼の声が穴の中に響いた。

 その声とともに、巨大な槍先が炎に包まれ剛槍が誕生していた。

「焔九狼の三ノ狼——、焔の巨槍、いざ参る」

「そう来ましたか」

 鏨は九狼のしようとしていることに、思わず膝を打った。

 確かに並の槍では焔の技を使おうと、この木柵は壊せない。

 だがあの槍ならばどうだ。

 炎を纏ったあの焔の巨槍ならば——。

 代手は解手をすれば、取り込まれたものが元の形に戻ろうとする性質がある。

 それを九狼は応用していた。

 代手の癖を知り尽くしていなければ、あのような発想は生まれない。

 三度突かれれば、木柵は炎に包まれもろくなる。

 そうなれば九狼の突撃を止めることはできないだろう。

 まさかこの城の堅牢さを見て尚、九狼が正面から力押しで来るとは鏨も考えてもいなかった。

「やはりあやつは阿呆じゃ」

 朱鷺は焔の巨槍を見て言った。

「力で相手を上回って勝つことしか考えておらぬ」

「……そんな」

 無力だ。

 銀は目の前の合戦を見守るしかできない自分を歯痒く思い、目の前の現実から目をそらそうとした。

「目をそらすでない」

 朱鷺の言葉が銀の動きを止めた。

「事実から目をそらし、ありのままを受け入れぬのであればお主のせっかくの綺麗な煌気が濁ろう」

「君は平気なんですか。父さんがやられるかもしれないんですよ」

「言ったであろう? 命までは取られまいよ」

「でも怪我はするでしょう?」

「だから見ておくのじゃ」

 朱鷺が凛として言った。

「どう傷つき、どう悔いたのか。目をそらせば、己の目で見ねば、嘘も真もわからぬ。妾は天手じゃ。契りたい相手の全てから目をそらしとうはない」

 銀の足元にいる見た目は十歳ほどの娘が、ひどく大人びて感じられた。

 そしてその言葉に突き動かされ、顔を上げた。

 鏨も前を向き、九狼を見ていた。

 九狼も鏨を見ていた。

 前を向いて、相対する事実と向き合い抗おうとしているのだ。

 目をそらしてはいけない。

 そらせば後悔していただろう。

 朱鷺の言うとおりだった。

「よい顔になったぞ、銀とやら」

 銀は唇を真一文字に結んだまま、ただ前を見つめていた。

 九狼の手にある焔の巨槍が纏った炎が一際大きく、その熱と輝きを増したのを見て鏨が腹を決めた。

「開門ッ!」

 
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