城喰 シロクロ

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第1章 黒き焔(8/9)

 その声とともに鏨の城の
門が開かれ、そこから一斉
に骸兵が九狼に向かって
いった。

 ブン、と重い風切り
音とともに、熱い風が
穴の中を吹き抜けた。

 九狼に向かっていった骸兵の群が一瞬の内に黒い炭となって、地面にその影を焼き
付けていた。

 そして九狼が淡々と言った。

「参る」

 九狼の足が前へと踏み出され、足元の地面がその熱で乾き始める。そして
その姿が陽炎に包まれて揺らぐと、一気に開かれた鏨の城の門へと突き進む。

 門は九狼が届く前に再び閉ざされた。

 それでも九狼の足は止まらない。

 焔の巨槍を突き出し、その体ごと門へとぶつかっていった。

 激しい音が穴の中に響いた。

 そして九狼の姿が鏨の城の中にあった。

 九狼が通り過ぎた後には黒く焼け焦げた跡と、揺らめく炎があった。

「終わりだ」

 九狼は鏨に槍先を向けて言った。

 ヒュンと矢が飛んでいく。

 鏨が放ったものだった。

 ただそれは九狼を大きく外れ、はるか後ろにそれていった。 

 九狼は微動だにしていない。

 狙いのそれた矢をかわす必要はなかったからだ。

「苦し紛れに当たるものか」

「そのようだな」

 鏨もそれに答えた。そして更に言葉を続けた。

「お主の負けだ。九狼」

 九狼の目に険しい光が点った。

「槍先を向けられて尚、強がるか。築城士・金斬よ」

「強がり? そんなものは実戦にも出たことのないやつの言うことだ」

 鏨が指先を九狼の陣へと向けた。

 九狼もそれを目で追う。

 矢が飛んでいた。 

 先ほど鏨の放った矢だった。

 それが山の斜面の、土砂を支えていた木柵へと突き立った。

「封手」

 鏨の静かな声が聞こえた。

 その声を受けた代手が周囲の光を吸い込み、土砂を支えていた木柵をその中へと納めていく。

 九狼は微動だにしなかった。

 鏨が不敵な笑みを再び浮かべて言った。

「私の勝ちです」

 支えを失った土砂が、再び一斉に雪崩始めた。

 九狼と鏨に向かって——。

「父さん!」

 銀が櫓の上から叫ぶ。

 その声が届いたのか、鏨が銀を見た。

 その顔に笑顔があった。

 大量の土砂が一気に九狼と鏨を呑み込んでいく。

 鏨の笑顔さえも。

 大量の土砂は流れ、貯水池の中へと流れ込み、溢れでた水が森の斜面を流れていった。

 土砂はここで食い止められ郷のほうまでは流れないだろう。

 森の全てが土砂に覆われていた。

 銀は言葉もなくその様を見下ろすしかなかった。

「……父さん」

 銀と朱鷺の乗せられた櫓は想像以上に頑丈だった。

 あれだけの土砂にも崩れることなく聳(そび)えている。

 まるで父さんのようだ——。

 銀はこの櫓を見て、そう思わずにいられなかった。

「凄いものじゃのう」

 朱鷺が言った。

 まるで他人事のように聞こえる。

「君は心配じゃないんですか」

「なぜ妾があやつの心配などしなくてはならんのだ」

「あの九狼という人は、君の仲間なんでしょう?」

「仲間? あやつは妾を煌気をたどるために連れてきただけじゃ」

「でもあの人は父さんと一緒に流されていってしまった……、死んでしまったかもしれないんですよ?」

「死ぬ? 誰が?」

「父さんと九狼さんです!」

「ならばあの煌気はなんなのじゃ?」

 朱鷺が柱の下を指した。

「え?」

 銀が柱の下を覗き込む。

 土柱の脇に巨大な槍が突き立っていた。

 そしてその槍の柄に掴まる九狼の手と顔があった。

 そしてその体は半ば、土砂に埋まっているものの、もう一方の手にしかと掴まれた鏨の姿が覗いていた。

「父さんッ!」

 銀が叫んだ。

 だがその声が聞こえていなのか、鏨はぴくりとも動いていない。

 そしてなにかにぶつけたのであろう。

 額には薄く血が滲んでいた。

 まさか——。

「死んではおらぬ」

 下を覗き込む銀の上から朱鷺の声がした。

「煌気はまだ消えておらぬ。流れてきた木か岩で頭でも打ったのであろう、気を失っているだけじゃ」

 あの流れの中で九狼が鏨の体を捉え、櫓の太い木の柱に槍を突き立て流れに耐えていたのだろう。

 鏨は流されなかった。

 生きていた。

 その事実を確かめて、銀は全身から力が抜けそうになる。

「フンッ」

 九狼が気合を入れる声が聞こえてきた。

 その体の周囲から白い蒸気が立ち上る。

 すると次の瞬間、周囲の土砂が乾いてひびが入ったかと思うと、九狼が槍を頼りにその体を掴んだ鏨ごと、一気に土砂の上へと引き上げる。

 凄まじい力だった。

 片手で大の男ふたりの重みを土の中から引き上げていくのだ。

 あの腕力があるから、あの剛槍を思い通りに扱えるのだろう。

 一見、あんな力があるようには思えない。

 しかし事実は事実。

 鏨を助けたのは、先程まで戦っていた九狼なのだ。

 朱鷺は言っていた。

 生命まではとらない、と。

「あの——」

 銀は下にいる九狼に声をかけた。

「ありがとうございます」

 九狼が怪訝そうに銀を見上げる。

「……なぜ、礼を言う」

「父さんを助けてくれたじゃないですか」

「助ける?」

 九狼が足元の鏨を見下ろす。

 そして動かぬ鏨の腕を掴むと、そのまま自らの肩へと軽々と担いだ。

「そのまま郷ノ長の家へ運んでいただけませんか。あそこなら治療ができます」

「なにを言っている?」

 九狼が抑揚のない声で言った。

「俺はこの男を玄州に連れて帰る。それだけだ」

「そんなのおかしいです!」

「おかしいか。ならばうぬら百姓が大地を刻み、水の流れを変えて、恵みを得るのは力あってのことではないのか」

 銀は言葉に詰まった。

 道理であった。

「守りたいものがあるなら城を築いて守るがいい。手に入れたいものがあるのであれば、力尽くでも手に入れろ。そしてそれができぬのであれば——」

 九狼が櫓の柱に突き刺さった剛槍に手を伸ばして言った。

「悔いて死ね」

 続けざまに「解手」と九狼は唱えた。

 それに反応した剛槍からにわかに炎が噴き出す。まだ代手が仕掛けられていたのだ。

 噴き出した炎が勢いを増して櫓の柱に巻き付いていく。

「なにをするのじゃ、九狼!」

 銀の横で朱鷺が声を上げた。

 九狼が肩に担いだ鏨を顎で示す。

「この男の未練を断ち切る」

「未練?」

 九狼はなにを言っているのか。

 銀にはすぐにはわからなかった。

 だが剛槍から噴き出した炎が強まり、櫓の下から熱が上ってきた瞬間、鏨にとっての未練というものが自分自身なのだと銀は理解した。

 九狼は銀を殺そうとしている。

 だがここには銀だけではない。

 九狼の仲間である朱鷺がいる。

 それなのに九狼はこの櫓ごと炎に包もうとしていた。

「あなたの仲間が——、朱鷺さんがいるのになぜ!?」

「天手が仲間?」

 九狼が本気で不思議そうな顔をする。

「九狼、妾を早う助けよ!」

 朱鷺が叫んだ。

 だが九狼は冷たく言い放った。

「言ったであろう。お主は築城士を探すまでの道標。必要なものは手にいれた。もうお前は用済みだ」

「九狼! 妾は金斬の天手なのだぞ!」

「契も交わせておらぬではないか。それは術者が天手を認めていないことに他ならない。違うか」

 朱鷺が唇を固く結び、その小さな手を震わせた。

 返す言葉がないのだ。

 全てが強引だった。

 九狼の言うとおり、力尽くである。

 だが、こんなことを許してもいいのか。

 やりきれない思いが銀の心の中で行き場を失っていた。

 不意に咳き込む声が聞こえる。

 朱鷺だった。

 立ち上る煙に朱鷺がひどく咳き込んでいた。

 銀もその煙で目が開けられなくなりそうだった。

 それでも必死に目を開け、眼下の九狼を見る。

 九狼はこちらに背を向け、鏨を担いだまま歩き去ろうとしていた。

  父さん——!

 今なら、まだ追いつけるかもしれない。

  ここから飛ぶか——。

 高さ三十尺(約九メートル)はある。

 飛び下りたとして、打ちどころ次第では、ただでは済まない高さでもあった。

 だがいずれこの櫓は炎に包まれる。

 そうなれば銀と朱鷺は炎に焼かれるだけだった。

 落ちるか、焼かれるか。

 迷う銀の体に不意にしがみついてくるものがあった。

 小さな手。

 朱鷺の手だった。

 それが銀にすがりついていた。

「妾は死にとうない」

 ——死。

  そうだ。

 今、銀たちに確実に迫っているのは、死という現実。

 足下がぐらりと揺れた。

 炎によって櫓の柱が焼け始め、足場が崩れようとしていた。

 自分自身が助かりたい。

 この子を助けなければ。

 様々な気持ちが銀の心に去来する。

 だがそれ以上に、遠ざかろうとする鏨の姿に心が動く。

 なにか手はないのか。

 九狼の槍のような、自分自身の武器はないのか。

「あ」

 そのとき銀の手が懐に仕舞われた小さな楔に触れて止まった。

 その瞬間だった。

 銀の頭の中にひとつの絵が描かれていた。

 不意に体が傾きはじめる。

 櫓の崩れようとする感触が、体の傾きとなって表れたのだ。

 それが銀を現実へと引き戻していた。

「うわあああっ!」

 銀は声を上げた。

 そして頭の中で思い描いた絵に従って、朱鷺を小脇に抱えて一気に走った。

「なにをするのじゃ」

 朱鷺の声を銀は聞いていなかった。

 ただ夢中で、燃えて崩れる櫓の上から跳んでいた。

 わずかな望みを懐の小さな楔——。

 代手に賭けて。

 無我夢中だった。

 迫る地面。

 小脇に抱えた朱鷺の体温。

 炎の熱さ。

 そして恐怖。

 時が止まっているかのようだった。

 銀の頭を過る様々な情報が交錯する中、銀の体は染み付いた一連の動きを選択していた。

 先ほど、思い描いた絵に従って。

 そして思いを込めて声を上げた。

「解手ッ!」

 見るものが見ていたなら、一際、まばゆい煌気を感じ取っていただろう。

 その光とともに、銀の手の中から細長い棒のようなものが現れ、下へと伸び地面の岩へと突き刺さる。

 竹だった。

 棚田を作る際に、樋(とい)などに使う材料を収めた代手を銀は懐にしのばせたままだった。

 考えがあったわけではない。

 代手を解手させたのは、ただ夢中だったからだ。

 銀が解手した竹はしっかりと地面に突き刺さっていた。

 そして現れたのは乾いた竹ではなく、活き活きとした青竹がその代手から現れ、大地にしっかりと突き刺さり、そのしなやかさで、落ちてきた銀と朱鷺の勢いを殺す。

 だがその勢いを殺しきれずに、竹は折れ、銀と朱鷺を地面へと投げ出した。

 咄嗟に銀が体を丸めて朱鷺を庇う。

 銀の背中が土砂に混じった固い岩にぶつかり跳ねる。

 その背後で櫓が炎に包まれ崩れていった。

 もう鏨も九狼もそこにはいない。

 ただ地面の上で朱鷺を抱えたまま、横たわる、ぴくりとも動かぬ銀の姿があった。

 そこからは生命の光——、

 煌気が消えようとしていた。


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